神社に一礼

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奈良の古墳を巡ろう吉備姫王墓・欽明天皇陵

今回は奈良県明日香村エリアにある二つの古墳『吉備姫王墓』そして『欽明天皇陵』のご紹介です。
今ではのどかな普通の村『明日香村』ですが、奈良時代ヤマト政権におけるこの村は政治の中枢でした。その中、欽明天皇は第29代天皇、吉備姫王はその4世代後の第35代・第37代天皇を生んだ皇族として古墳が築かれ、現在に至っているという二人です。
では今回はそんな欽明天皇陵・吉備を古墳に一礼。

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古墳概要

この二つの古墳があるのは奈良県明日香村。近鉄飛鳥駅駅前と言っていい場所にあります。駅前と言っても、眼前に広がるのはのどかな田舎の風景。明日香村の楽しみ方の一つでもあります。

欽明天皇

墳丘長140mを誇る明日香村では最大の古墳です。宮内庁治定では第29代欽明天皇の陵墓とされていますが、実際の被葬者は不明なようです。

f:id:aoi0730kanon0930:20190825232341j:plain明日香村に現存する古墳の多くは古墳時代後期のものが多く、コンパクトにかつ、周濠がしっかりと残っているものも少ない。外周の多くは整備されていないので、巡ることが出来ませんが、ここはそういった意味でも貴重な場所と言えます。

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欽明天皇は第29代天皇で6世紀頃に即位した天皇です。第26代継体天皇の皇子で27代安閑天皇、28代宣化天皇の次代として即位したことになっていますが、先代、先々代ともに高齢での即位から崩御までの期間が短かったこともあって、いくつかの説が提唱されています。この頃には政争も複雑に絡み合い、即位までに色々な悶着があったとする説も出ています。

欽明天皇の時代に百済から仏像や経文が伝来します。廃物派の物部氏と崇仏派の蘇我氏が対立するなどの対立が深まっていったのもこの頃だそうです。政争の色合いが日々色濃くなっていくのを感じますね。

吉備姫王墓

吉備姫王墓は欽明天皇陵のすぐ西側にあります。皇族と言え、天皇でない方の陵墓としてはかなり立派なもので、ほぼそのままの形で残っているのは稀なケースなんだとか。

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年齢不詳、出生不詳と謎の多い人物ではありますが、第35代皇極天皇、第36代孝徳天皇、第37代斉明天皇の母であった他、大化の改新で有名な中大兄皇子天智天皇)の系譜に連なる後世、歴史を紐解くにあたって非常に重要な位置を占める人物と言えます。

この王墓での見どころは拝所を通して裏側に見える猿石。

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全部で四体。それぞれ『女』『山王権現』『法師』『男』と言われているけど、これらは全て愛称。1702年に付近の田んぼから発見。掘り起こされたこれらの像は古墳付近に安置されていたものが、明治時代になってこの位置に移されたという事です。
その為、この像が何の意味を持つのか、そもそもこの王墓と関連するものなのかすらよくわかっていないミステリアスな像です。

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アクセス

近鉄吉野線『飛鳥駅』徒歩7分。それらしい駐車場無し。

まとめ

今回はこれで以上です。
飛鳥駅を起点として各所を巡る上ではこの二つの古墳は玄関口のような場所と言えます。レンタサイクルを借りると他の古墳巡りも含めてかなり捗る反面、徒歩や車でとなると小回りが利かないので結構面倒に感じるかと思います。
ここは古墳を巡りに行くというよりも、のどかな明日香村を感じに行くという方が正しい場所かもしれません、隣の畑耕していたおっちゃんも良い人でした。思う存分田舎を感じることが出来ます。