神社に一礼

近畿圏内で神社・ラーメンを中心に『明日どこ行こ?』に答えられるブログを目指しています。

御神木を見に訪れた神社には大阪の歴史が詰まっていました『阿麻美許曾神社』

今回は大阪にある阿麻美許曾神社のご紹介です。
各所にある良い雰囲気、名所を探すにあたって一番良い方法は地の人に聞く事。

まんまやな☆

そんな中であそこの御神木は立派やでという情報を得て訪れたのが今回の阿麻美許曾神社でした。では阿麻美許曾神社に一礼。

神社概要

神社があるのは大阪市住吉区なんですが。。。

この神社があるのは大阪市住吉区、位置的には府内のちょうど中腹くらいといったところでしょうか。大和川南岸にあって、周りが住宅や背の低い工場に囲まれる中うっそうとした林の一帯が見えるのですぐわかります。
ところでこの神社、ちょっとした地名の妙があって、それはグーグルマップで『松原市』を検索するとわかります。

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弧の細長~く伸びた赤い線、地図上南側大部分は松原市なんですが、この細い神社参道だけが大阪市なんです。というのも大和川って今でこそ東西まっすぐに流れる大きな川ですが、昔は八尾の南(安堂村という辺り)から北へ流れていたんです。度々水害を引き起こすので流域の住民は難儀していたので、この大和川の流れを西に向ける『川の付け替え』という大治水工事が行われることに。

大和川付替え300周年|大和川の付替え

川の流れを変えるので当然、川が通る村もあるわけでそれがこの阿麻美許曾神社を含む矢田村でした。川が通る事で南北に分断されることとなった矢田村は後々北が大阪市、南が松原市編入されることとなったんですが、この神社は矢田村の氏神だった事から南岸にありながら神社とその参道だけ大阪市というこの超細長い大阪市の出島みたいな神社が出来上がったという訳です。

創建は1200年以上

この神社が建立は806年とされているものの、実際にはもっと歴史は古いとされています。神社名にもある『許曾』というのは新羅の言葉である事から、渡来人が自分たちの先祖をお祀りしたお社ではないかというのが有力説のようです。
現在のご祭神は3柱。

アクセスなど

境内入口の右側に若干数ですが駐車スペースが確保されていますので、たどり着けさえすれば駐車は可能です。ただ、最後の道が交互通行できないくらい狭いので注意。

境内散策

ご本殿

境内は北へ向けて参拝する形でまっすぐ伸びていて、その一番奥にあるのがこのご拝殿とご本殿。

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『天美=阿麻美』として、この辺りの地名の由来にもなった神社だからか、綺麗に手入れされた社殿は神社関係者に限らず地元の人に愛され、親しまれているだろうことが窺えます。

見上げても目に収まらないほどの大きな御神木

この神社の一番の見どころでパワースポットともされる大きな楠の御神木。

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樹齢500年以上とされるこの木は太く立派で、全体を収めようとしても収まりきらないほど。現在はコロナ禍でやたら触ったりするのは憚られますが、時世が落ち着いた後、お参りし手に触れてみればきっと何かしらのご新徳が授かれそうな荘厳な雰囲気を醸し出しています。

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割と真新しいお稲荷さん

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立派な神馬

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御朱印

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まとめ

今回はこれで以上です。
大阪の街って、中心部を離れると途端に背の低い住宅地ばっかりになるんですが、そんな中でもこの一際存在感のある御神木と緑は印象的。
今よりも昔は氏神様というのが大事にされていたという歴史も窺い知ることが出来る、そんなちょっとほっこりするエピソードもある神社でした。