神社に一礼

京都、滋賀を中心に訪問した神社を紹介するブログです。

むしろ古墳が気になる『方違神社(ほうちがいじんじゃ)』

今回ご紹介するのは方違神社。
堺市にある名前の通り方除けの神様として信仰のある神社ですが、こちらへのご参拝でどうしても気になるのがこの神社のバック。

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どうでしょう、この見事な浮島。ではありません、古墳です。
第18代反正天皇陵で、マップで見るとよく分かるんですが、前方後円墳のような鍵型なのに方墳側の堀がないのか、埋まってしまったのか、ちょっと中途半端変わった形をした前方後円墳です。
では、今回はそんな気になる古墳も含めて方違神社に一礼。

本殿まで

古墳ばっかり目立つので古墳ばっかり先立ちましたが、この神社、方違いという陰陽道の考えから来る信仰厚い神社で、七五三、初宮のほか新居、結婚などのお祓いや神事の参拝客で結構な賑わいを見せていました。

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ご本殿は物凄い真新しく見えます。
平成25年に建て替えがなされたところなんだそうです。中では御祈祷が代わる代わるひっきりなしに行われていました。信仰の厚さが伺えます。

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境内散策

社務所御朱印

御朱印は本殿左のこれまた綺麗な社務所で頂きます。この右上と左下の紋様のようなものは、粽(ちまき)と、幸鶏(さちかけ)だそうで、どちらも神功皇后が方除けの神事を執り行った際の所縁のものらしく、今もこの神社のトレードマークであり、各神事では災難除け、幸寄せのシンボルとされています。

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摂 社

社務所横の道を抜けると摂社が固まって鎮座しています。
楠木姫大神

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大年大明神・鈴山大明神

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末次大明神

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白髪大明神

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など。

反正天皇陵(田出井山古墳)

そもそも、堺市には古墳がもうわんさかありまして、代表的なのが教科書で一度はお馴染みの仁徳天皇陵。これがこの古墳群(百舌鳥古墳群というそうです。)随一の大きさを誇り、というか日本一の大きさ(全長486m)を誇る訳ですが、そこを中心にグーグルマップをキャプチャしてもこの通り。


大きなのだけでも三つ、小さいの入れると何個あるんか分らん位ここいら一帯は古墳で溢れ、全盛期?は100個くらいはあったそうです。
その後、都市化に伴い、古墳は埋め立てられたり壊されたりで半数が失われ、現在は44個が現存しています。

今回の反正天皇陵はこの古墳群では7番目の大きさを誇り、全長148m、後円部径約76m、高さ約13m、前方部幅約110m、高さ約15m、大きさの想定は大体400mトラック位でしょうか。(ちょっとのブレはご容赦ください。)

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堺市HPより

反正天皇は第18代天皇で、仁徳天皇の3男。長子が17代履中天皇で、この方は黒媛を取り合ったりとかそういう興味深い記録があったりするんですが、反正天皇についての記録はこの履中天皇の敵対勢力の住吉中皇子(すみのえなかのみこ)討伐に協力し、履中天皇即位に尽力した事くらいで、反正天皇時代は、かいつまんで言うと『平和でした』としか残ってないんだとか。
しかも残っている容姿に関する記録には『身長が3mあった』とか、『生まれながらに歯が綺麗に生え揃っていました』とかそんなあほな
感じのものしかないらしく、ホンマにいたんか??と存在自体を疑問視する人もいるくらいなんだとか。
ただ、古墳自体はこうやった実在する訳で、あるんなら実在してほしいとは思う方ではあります。

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御由緒・ご利益

この神社は反正天皇陵の近所だけあって、陵墓鎮守の為の神社。に見えそうですが、創建は、それよりも古く、紀元前90年に応神天皇素戔嗚尊をお祀りしたのが、起源とされています。

関係あるような言い方したけど、要はただのご近所さんなだけね♪

昔からこの地は摂津・河内・和泉の丁度真ん中なので、真ん中=方位の無い聖地とされ、方位・地相・家相など方位除けの神社として信仰されてきました。

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社務所入り口にある方位の書かれたマット

御祭神は
方違幸大神(かたたがえさちおおかみ)
八十天万大神
素戔嗚尊
住吉大神
神功皇后

ご利益は勿論方除け。『方違』というのは陰陽道の考え方で、例えば明日行かなあかん先が凶方やったとしたら、一旦別の方向に向かい、一日過ごして目的地に向かう、そうして目的地が凶方でないようにしたという訳です。

正味面倒臭いだけやけど、『そっち行ったらあかんよ』言われて何も考えずに向かうのは嫌やったいう事なんやろうね☆

まとめ

今回は以上です。方位っていうと旅行なんかだけが真っ先に浮かびますが、大きな決断、転職、結婚、転居など。そんな時なんやかんや普段信心が薄いとはいえ、迷う事もあるかと思います。
旅行先は最悪変えたらええ話ですが、人生の岐路は中には辞めれないものもあります。
方位の神様は進む道にきっと加護を頂けるはずです、大きな決断をした際には一度こちらへお参りされてはいかがでしょうか。

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