神社に一礼

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南北朝動乱を沈めた第99代天皇『後龜山天皇 嵯峨小倉陵』

今回は嵯峨野にある『後龜山天皇 嵯峨小倉陵』のご紹介です。
『ごかめやまてんのう さがおぐらりょう』と読みます。古墳といえば雄大な大きさの墳墓が醍醐味ですが、こちらはちょっと違う楽しみ方も。
そこらへんも含めて今回は後龜山天皇 嵯峨小倉陵に一礼。

古墳概要

古墳があるのは京都嵯峨野

この古墳があるのは京都市内北西嵯峨野。京都有数の観光スポット嵐山の奥地のような位置づけで、あだしの念仏寺はじめ趣深い観光スポットが多く点在する通な場所。
この古墳はそんなディープな嵯峨野のちょうど中心辺りに建っています。

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この一帯は穴場紅葉スポット

祇王寺、あだしの念仏寺、保津峡展望台とここは京都指折りの紅葉名所が集まっている場所です。それは何も寺院、神社に限った話ではなくこの古墳の参道も同じ。

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上の写真は少し時期が遅く、紅葉は散り際といったところだったんですが、それでも色鮮やかな深紅はまるで血のように真っ赤。ここは古墳へのお参りとともに紅葉狩りもできるという一石二鳥なスポットなんです。

後龜山天皇

日本の第99代天皇であり、同時に南朝の第4代天皇に当たります。南朝の4代というのはいわゆる南北朝時代と呼ばれる時代。のちの室町幕府を築く足利家がついた北朝方と、後醍醐天皇が吉野に遷り、新田氏、楠木氏などこの時代を代表する武士たち南朝方が60年弱にわたって覇権争いを繰り広げた動乱の時代です。
源平合戦や戦国時代と違って、焦点を当てられることが少ない時代ですが、かなり面白い時代なので機会があればぜひ触れてみることをお勧めしますが、それはまた別の話。
今回の後龜山天皇は4代続いた南朝天皇という事になります。

後世南朝方に天皇家の正当性があるとされた為、後龜山天皇南朝4代とともに第99代天皇としても数えられるようになったというわけです☆

後龜山天皇の在位期間は1383年~1392年。南朝の次の代として、北朝6代天皇である後小松天皇に譲位することとしたため、南北朝の動乱を終わらせた大きな功績があります。

アクセスなど

古墳各所紹介

参道

この古墳の入り口からまっすぐに続く参道。

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紅葉の名所が点在するエリアだけあって、そこかしこに色鮮やかな紅葉が見られます。

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拝所

この御陵の拝所。この頃にもなれば、かつての古墳時代のように、小高い山くらいのスケールのものは作られていないようです。

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まとめ

今回はこれで以上です。
後龜山天皇は両朝合一を決意したのは、自らの運命をひとえに天道神慮に任せ、民間の憂いを除くためだったと述懐していたそうです。
この南北朝時代を含めて、200年以上にわたり足利政権による室町時代が続いていくわけですが、時代が変わるキーマンとなった方の陵墓です。時代背景なども含めて予め学んでから訪れると見え方も違ってくるかもしれません。