神社に一礼

近畿圏内で神社・ラーメンを中心に『明日どこ行こ?』に答えられるブログを目指しています。

頼朝の父『源義朝』が眠るお寺さん 野間大坊

今回ご紹介するのは知多半島にある大御堂寺です。
付近の地名にもなっている通り、通称『野間大坊』とも呼ばれていて近所の人以外にはそこまで知れ渡っているお寺さんではないかもしれませんが『願いを聞き入れ、運を開く寺』とされるパワースポットです。

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お寺ご紹介

寺院があるのは愛知県知多郡美浜町

このお寺があるのは愛知県知多郡美浜町。南に広がる知多半島の西側に建っています。
この辺りは半島なので当然ですが東に行っても西に行っても綺麗な海、いわゆるリゾート地と呼ばれる場所、春は潮干狩り、夏は海水浴、そして年中ツーリングと釣り客の往来が絶えない人気観光地です。

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寺院概要

寺院の建立は1300年余りの歴史がある中、何度か歴史の中に埋没しかけるものの白河天皇徳川家康など時の人に庇護を受けて現在も立派な姿をそこに留める不思議な歴史を持つ寺院です。

境内散策

御朱印と拝観は客殿へ

御朱印はオートで2種類ついてきます

御朱印はご住職直筆。源頼朝念持仏の文字と源義朝御廟の文字の入ったものの2種が頂けます。

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客殿内の拝観は500円とちょっとお高い。けど・・・

改めて客殿です、中の拝観は500円。

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ちょっとお高いな~と思えるところですが、ご住職によるこの寺にまつわるお話つき。

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ここは源義朝ゆかりのお寺で、保元の乱のごたごたした皇族のもめごとに乗じて武士が表舞台に台頭してきたお話や、源平の争いの趨勢など最終壇ノ浦で源氏が勝利を収める話は結構誰でも知っているところですが、そこに至る過程のお話をこの屏風絵をもとに解説してくれるというなかなか貴重な体験が出来る場所です。

お話の年代としてはちょうど『大河ドラマ 平清盛』に通ずる部分ですね☆

ちょっと意外な人物の御廟

源義朝

こちらのお寺、幾人かの有名人の御廟があるんですが、その中でも一際目を惹くのがこの源義朝御廟。

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周りに敷き詰められているのは幅3センチ、長さ40センチの木で模した刀。平治の乱で敗れた源義朝はこの近くの湯殿に逃れてきていたんですが、恩賞欲しさに裏切った家来に打ち取られてしまいます。入浴中を襲われた義朝は当然文字通り丸腰、抵抗することも出来ず、「我れに木太刀の一本なりともあれば」と無念の言葉を残したとされているんだとか。それにちなんでここでは供養にと木の刀を捧げる習慣がついたんだそうです。

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鎌田政家とその妻

鎌田政家というのは源義朝の腹心。義朝暗殺の際の障害になるからとその前日に殺害されてしまいました。妻は政家の亡骸のそばで首を掻っ切って後を追うという壮絶な最後を遂げます。

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池禅尼

平清盛の継母に当たる人物です。

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頼朝を処刑せず流刑に留め、結局それが源氏大逆転のきっかけとなったわけですが、物語によって描かれ方に違いはありますが、正に減刑のきっかけとなった人物です。
平家にとっては正に滅亡の引き金となった人物ですが、頼朝には命の恩人、その恩を忘れることなくここで安らかに眠れるように弔ったものなんだそうです。

織田信孝

ここからは時代が全く違うものになります。織田信孝、信長の実子三男に当たる人物の御廟です。

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本能寺の変以降、跡取り候補となったこの信孝は清州会議の後、秀吉&兄信雄と対立することに。岐阜城に籠城ののちここの近くにある安養寺で自害させられることになりました。日本に住んでいる方なら大抵ご存じの通り、この後豊臣家⇒徳川へと天下は移る事となり、偉大過ぎる父親の急死に翻弄された数奇な人生を送った人と言えます。

首洗いの血の池にはちょっと怖い逸話が・・・

このお寺が源義朝とご縁のある場所というのは上述の通りですが、ここにはもう一つゆかりのある場所があります、それがこの血の池。

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残念ながらぱっと見は泥だまりくらいにしか見えませんが、源義朝をだまし討ちした家来長田忠致がその首を洗ったというなかなか怖い逸話が残っています。以来国に何かしら異変が起こる際には水が血のように赤く染まる事から血の池と呼ばれているんだとか。

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何だか怖い伝説ですが、幸い訪れた際は普通に茶色い池だったので日本は平和という事なのでしょう、何よりです。

まとめ

今回はこれで以上です。
源平合戦と言えばやはり、頼朝・義経の代が平氏に勝った場面が主でその先代、それも敗軍側の義朝にスポットが当たる事というのはなかなかないかもしれません。
ですが、源平の二大武家と呼ばれるほど武勇を挙げたのは紛れもなく義朝で、そんな普段触れる事のない歴史の1ページを垣間見れるとても良い場所です。