神社に一礼

近畿圏内で神社・ラーメンを中心に『明日どこ行こ?』に答えられるブログを目指しています。

最近ちゃんと泣いてますか

突然ですが、最近泣いた覚えってありますか?
泣ける事ってどう思いますか、僕は個人的に素晴らしい事だと思います。
悲しくて泣くとか、感動して、嬉しくて、泣くと一言に言っても色々ですが、いい年のおっさんになるともう人目があるからとかないからとかじゃなくて泣きたくても泣けないようになってきた自分が痛切に嫌に感じることがあります。

心の洗濯って必要なんだなと言うのを最近特に感じる、そんなお話です。

近況

僕は現在、自他ともに認めるおじさんになりました。結婚して子供もいて、毎日仕事と家事と子供の相手とブログと勉強に追われる結構忙しい毎日を送っています。
世間的には特に何にも問題のない、小さな幸せをはぐくんでいる家庭と言っていいんだと思います、家族内でも仲は良くて喧嘩したり仲直りしたり、一緒に遊んだりそれなりに充実した毎日が送っていると自負しています。

一方で、今の現状が変えられない事に不満と不安に押しつぶされそうになります。
それは将来への不安の様な漠然としたものだったり、仕事への不満と言う具体的なものだったり、何よりはっきり自分が何に対し不安なり不満なりを感じているのかを特定できないことが何より不安で不満に感じます。
独り身の時は、あるいは全部投げ出して、仕事もやめてどこか遠い所へ何もかんも忘れていきたくなって、行けたかもしれません。でも今は小さな幸せを守る為に現状を投げ出す事も出来ず、転職しようにも現職が専門職過ぎてつぶしが効きません。

そうなると当然仕事へのモチベーションも上がらないんです、不備を出す事はありません、一応プロなのでちゃんと結果は出すし他の誰にもそんな心境で仕事をしているように悟られている事はないと思うんですが、ただ一つ、ストレスが半端なく溜まります。
当然嫌だと思っている事を毎日不満を抱えている事すらも誰にも言わず、誰にも悟られないように日々こなしている訳ですから。
多分自分と同じ心境の人間は少なからずいるだろうという、共有していない連帯感にすがりながら。

海や山を見に行きます

元々旅行が好きな事もあって、各地の神社やお寺を巡る事をしていたんですがそこに海をただ眺めに行くというのが趣味に加わりました。古墳散策もその一環ですね。
ただ広く、先が線にしか見えないくらい遠くまで見渡せる海をただ眺めて、海風に当たり、波音に耳を傾け水面の動きを目で追う。もしかしたら時間を無駄にしているという人もいるかもしれませんが、多分何も考えない時間が欲しかったんだと思います、そういう時間を作る事で心はどうにか平静に保つことが出来ている、そんな気がします。
というかそういう時間を作らなければどうにかなってしまいそうな気がしていたんです。ただの泣き言でしかないんですが、心が疲弊してしまっていると感じます。
僕にとって海へ来るのは、そんな心の洗濯をする場所になりました。

歌を唄おう

最近海に行きたくなる間隔が短くなってきているのを感じます。
矛盾するようですが、海を見る時間そのものを無駄と感じてしまう自分もそれはそれで自分の中に感じるようになってしまいました。確かに日々やる事は山積しています。海を見て心を落ち着けながらその時間を無駄と感じ、何かに突き動かされる様な衝動を感じて、更に苦しくなる。どうすればいいのかわからなくなりました。
そしてその日も丁度海へ行った帰り、田舎道を通っていた為かテレビもラジオも使えなくなってしまいました。何気なく車に積んでいたCDが一枚だけ。もうずっと聞いていなかった曲ですが、無音で走っていると本当に押しつぶされそうだったので掛けてみました。

懐かしく感じたものの、昔はかなり聴いた一曲。気が付けば自然とメロディを口ずさんでいました。初めは思い出す様に静かに、次第に思いっきり。
懐かしさは悲しいでもなく嬉しいでもなく、何かわからないけど涙を流している自分に気づきました。

僕は泣きたかったんだ

その時初めて気づきました。思えば泣いた事なんて覚えていない位、前かもしれません。大人だから、親だから、男だから、色んな理由はありますが逃げたくても逃げられないし、歩くのもやめられない、どうしようもないこの現状に僕は思いっきり泣きたかったんです。
男なのに、大人なのに泣くのっておかしいですか?僕は逆やと思います。大人だから泣きたくなる場面はいっぱいあるでしょう。理不尽な思いをしたり、無理難題を吹っ掛けられたり、どうしようもない事態に直面したり。
でも人前で泣けないから、泣いても何も解決しないから、だから泣かない。いや、泣けないんです、でも泣いたっていいじゃないですか。
人前で泣けないなら一人の時に泣けばいい、解決を求めずにただ泣けばいいんです。

最後に

とりとめのない文で失礼しました。
僕の様な人って特異ではないと思い、今回は思ったことそのままを書いてみました。
自分の環境や状況・情況に何も不満も不安もない筈なのになぜか堪らなく苦しくなる、僕の主観ですがそれは心の悲鳴じゃないかと考えています。

思いっきり泣いてみてはいかがでしょう。

もう今さらおねしょってしませんよね、多分しようとしてもできません。
同じようなものでいざ泣こうと思っても泣けるものではないんです。きっかけが必要、僕の場合は歌を唄う事でしたが、昔感動した映画を久しぶりに借りてくるとか、小説を読むとか、人の琴線ってそれぞれだと思います。
僕の様にその琴線が何か幸運にも見つけることが出来た方は我慢せずに、思いっきり泣いてみたらいかがでしょう。人間ってそんな強くないんです、強いっていう人は強がっている人なのか憂いの無い人だけでしょう。心が苦しいのは頑張ってるからだと思います、いつも泣いている訳じゃないんです、たまには泣いたっていいじゃないですか。